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そのような事が頭の中を巡るばかりで床について一向に寝つけなかった。
もともと寝付きは悪い。
廊下の床がミシリと軋む音だけで気になり目が冴えてしまう。それくらい敏感だ。
だが、今日のはそれと少し違う。
目を閉じるとあの瞳を思い出してしまう。
「鶴はもう、そなたの中におらぬのか?」
そう尋ねる黒く澄んだ瞳が忘れられない。
闇の中に浮かびあがるたびに胸の内がふわふわとして落ち着かなくなった。
一つ向こうの部屋に千代が寝ている。それ以外の理由なんてない。
目を閉じると、そのことが気にかかり余計に目が冴えていく。
そして、あの時のことを思い出す。
元服の席での忌まわしい事を。
今、手を伸ばせば届く距離にいる。
考えないようにすればするほど意識がそちらに向いていく。
最も千代をどうにかしようという気は更々ないのだが、好いた女子が側にいる。長らく願っても訪れるはずのなかった契機が目の前にあるのだ。期待しない方が無理というものだ。
俺も恥ずかしいほど青い。
そう恥じながらも、昂る気持ちを抑えることができなかった。
自分もその辺にいる健全な若者なのだ。
だからと言って父の言うようなことはやるつもりはない。とりあえず目を瞑ってやり過ごそうとしていると、キシッと、遠くの方の床が鳴る音が聞こえた。
それから、間を開けず、少しずつ近づいてくる気配がする。
家人たちが、こんな夜更けに政次の自室を訪れる用事などない。
もしもに備え、政次は枕元の置いてあった刀を引き寄せ握った。
目の前の障子の向こうに気を集中させた。
自室の前で足音が止み、障子の影に薄っすらと人型の影が映った。
ゆらりと揺れたのと同時に、その影から声が発せられた。
「我じゃ。」
慣れ親しんだ声に心の臓が大きく跳ねた。
「政次、入ってもよいか?」
外まで漏れだしそうなほどの胸の高鳴りが止まらない。
破裂しそうなほどの期待が胸の中で膨れ上がった。
「はい。」
この愚かな高ぶりを懸命に抑え込んで、そう答えた。
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