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女は恐ろしい。
そう思い込んでいる自分がいる。
だが千代は別だ。
先ほどまでそう思っていたのに。
それなのに月明かりに照らされ自分に微笑みかけているのは、間違いなく自分が恐れいていた『女』だった。
急に体が強張り、指先が小さく震えた。
「いかがした?」
千代が眉を寄せて顔を覗き込んできた。
きっと情けない顔をしていたに違いない。
「いえ。」
必死に取り繕うしかなかった。
この屋敷こそ井伊の中で最も警戒せねばならぬ場所なのだ、あの男がここにいる限り。
息子であっても利用する価値があるならば骨まで利用するだろう。
あれは、そういう男だ。
千代が部屋に足を踏み入れる瞬間、ふわりと空気が動いた。
その瞬間、
『犯してしまえ。今なら誰も気づかない。犯してしまえ。』
頭の中で声が響いた。
あの男の声か、それとも自分自身の声なのか分からなかった。
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