63人が本棚に入れています
本棚に追加
「済まぬ。蒼月」
差し出した盆をあわてて引っ込める。
「出仕はお断りいたしたのか」
解いた包みを結び直そうとする伊織の手に、白い手が重ねられた。
驚き顔を上げると、緩やかに微笑む蒼月の端正な顔がすぐ傍にあった。
「暁の女御さまに御推挙頂き、帝より勅命されたのだ。
然も女御さまの計らいで、面を付けたままの参内も御許可いただけたしな。
如何な俺でもそうまでされては、無下に出来まい」
「…では」
蒼月はこくりと頷いた。
「ああ、謹んでお受けした。
内裏に参れば、お前と顔を合わせる機会も増えるであろうし」
「そうか!」
再び笑顔を取り戻した伊織を見ながら苦笑する。
「まったく …
熟変わった男だな。お前は。
他人事だというのに、何故その様に一喜一憂するのだ?」
「それは、当然であろう。俺たちは友なのだから」
「友…か……」
蒼月は鮮やかな紫の瞳を瞬かせ、はにかむ様な笑みを浮かべた。
「良いものだな…友というのは」
「何を今更。お前こそ変わった男だ」
小首を傾げる伊織を見遣りながら、その手から盆を取り上げる。
「という訳で、此れは有り難く戴こう。
今、緋扇に祝いの馳走を拵えさせる」
「酒も用意してあるぞ 」
伊織は瓢を持ち上げて見せた。
「おお、其れは手回しの良いことだ」
蒼月がにやりと笑う。
「では、朝まで祝宴といくか」
「……え?朝…まで……?」
一瞬で顔色を無くした伊織に向かい意地悪く云い放つ。
「何だ?友の誘いを断るのか?」
「あ…嫌。そういう訳では……。
しかしな……」
蒼月の酒豪ぶりは先刻承知。
とても伊織が付き合える度合いではない。
困りきったように眉尻を下げる伊織を見ながら
ぷっと吹き出すと、そのまま軽やかな笑い声を立てた。
「な……何が可笑しい!」
顔を真っ赤にして声を荒げる様に、遂には腹を抱え笑い興ずる始末。
「からかっておるのか」
不貞腐れた表情を見せた伊織も、直ぐに相好を崩す。
穏やかな秋の陽が、愉しげなふたりの上に柔らかく降り注いだ。
完
長らくお付き合い頂き、ありがとう御座いました!
最初のコメントを投稿しよう!