夏の夜の手伝い

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 頭を打ち付けて、タンスの棚を引っ張り出して、その下敷きになって、それでも収まらない彼の激情は、枕もとのペットボトルに手を伸ばした。  暗がりの中で色の判別できないキャップを左腕に押し付けると、彼は無感情に刃をむく円形のふちをグリグリと回し、かろうじて血液の出ないであろう自傷にふけり始めた。  部屋の壁を叩かず、カッターも消毒液も置いていないところを見ると、普段の理性は頑としたものなのだろうと察せられた。  だからこそ、こういう時にもひとりで我慢をしてしまう。 「……ください」  誰かの何かを欲しがっているのに、宙にしか発することができない。  気づかないだけで誰の近所にもある、一番身近で痛い記憶だなと私は思った。
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