真夜中のベランダで

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 でもその涙は、僕をなぐさめてくれた。  (元気出しなよ。)  彼女の気持ちが聞こえるようだったから。  そんなことがあった数日後の日曜日、僕が買い物から帰ってくると、アパートの前に引っ越しのトラックが停まっていた。  僕がアパートに近づいて行くと、トラックにエンジンがかけられ発車した。その後ろから小さな軽自動車が続いた。  その軽自動車は彼女のものだ。僕はハッとしてアパートの二階を見上げた。いつもかかっているカーテンがない。  少しは可能性を残しておいてくれればいいのに、(あるじ)を失った部屋は、なぜすぐにわかるのだろう。僕には一目で彼女が行ってしまったことが分かった。  僕が振り返ると、自動車の窓から手がニュッと伸びてパッと手を開くと、また引っ込んだ。  彼女は行ってしまったんだ。  僕は彼女の顔も名前も知らなかった。彼女は表札を出していなかった。そうだ、話したことすらなかったんだ、と僕は思い当たる。  ただ一緒の時間に、壁に隔てられたベランダの、こっち側とあっち側に立っていただけだ。  だけど僕は何も知らない彼女に、もう一度会いたかった。今度は彼女の声を聞いてみたい。彼女の顔を見て、話したい。一緒に夜空を見ながら、お酒を飲んでおつまみを食べたい。       
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