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弘毅は自転車に乗って、どこかへ出かける途中だった。軽いあいさつを交わしはしたが、ちゃんと頼子を見ていなかった。いまから着替えておしゃれをすればと、ふと考えた頼子は自分に苦笑した。
「それじゃあ、荷物を解いたら下りていらっしゃいね。お茶を淹れて待っているから」
「はい」
廊下を踏む多美子の足音が遠ざかっていく。頼子は窓の外に顔を向けた。
(空って、こんなに広かったっけ)
のびのびと頭上に広がっている空は、山に遮られてもその向こうに続いているのだと告げてくる。それぞれの領域を犯さずに、互いに互いを尊重し合っているようだ。都会では、ビルに空が切り取られていると感じていたのに。
建てつけの悪くなっている窓を開けて、深く肺に空気を吸い込む。透き通った風が体の中に入ってきて、草木の香りや命のかけらで体の中のよどみが洗われた。
それがとても気持ちよくて、何度が深呼吸を繰り返してさっぱりしてから、大きなボストンバッグを開く。
荷解きというほど荷物はない。一週間分の着替えと化粧品、スマホと充電器のほかは持ってきていなかった。
(足りないものがあったら、おかあさんが送ってくれるって言ってたし)
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