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仕事はそつなくこなしていた。優秀とはいえないが、新人としては申し分ない勤務態度だったと思う。言われた仕事だけでなく、気づいたものも率先してとりかかった。わからないところは先輩に教えてもらえたし、ミスも「新人だからしかたない」とカバーをしてくれた後で、きちんと説明もされた。
仕事に関してだけは、とても理想的な職場だった。ただ、それが女子事務員たちのなかでは、おもしろくないと判断された。男性社員に取り入ろうとして、無駄に張り切っている鼻持ちならない新人と決めつけられてしまった。
(わけわかんない)
思い出した頼子の口から漏れた、重たい息が紅茶を揺らす。さざ波を立てた紅茶の赤が、自分の心に帰ってきて憂鬱さが増した。
「クッキー、食べる?」
「えっ」
「おいしいわよ」
立ち上がった多美子が戸棚からクッキーの缶を出して、テーブルに置いた。ふたを開ければ、いくつか減っている。多美子はその中からチョコのかかっているものをつまんで、口に入れた。ニコッとした多美子につられた頼子の指が、シンプルなクッキーに触れる。
(気を遣わせちゃったな)
暗い顔をしていたのだと、頼子は多美子の様子をうかがう。気の毒がっている気配はない。
(きっと、おかあさんから理由を聞いて、自分も似た感じだったなって思い出して、それで私を引き受けてくれたんだ)
申し訳なさと感謝をクッキーに乗せてかじれば、やさしい甘みに泣きたくなった。
(情けないな)
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