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頼子の態度を、上司や先輩に媚びを売っていると判断した女子社員は、男性社員がいないときを見計らって、ちょっとしたいやがらせをしてくるようになった。はじめは気にしていなかったが、それが続くと心が疲弊してくる。男性社員にやさしくされると、いやがらせをされる理由ができるから、迷惑だと考えるようにもなった。それなのに男性社員が事務所からいなくなるのが怖くて、引き止めたくなる。そんな気持ちを乗せた視線が、ますます媚びていると思われて、ささいないやがらせの数が増えていった。
あの人は嫉妬をしているだけだからと、ある日、上司になぐさめられた。気づいていたのかと、頼子はおどろいた。わかっていて、だれもが静観をしていたのかと知った瞬間、ドッと心の張りが崩れた。家に帰ってボロボロ泣いて、どうしたのかと母親に問われるままに、うまく要点をまとめられないながらも、入社からいままでの経緯を語った。
「それって、頼子ひとりがガマンをすればいいって、言っているようなものじゃない」
だれも止めなければ、いやがらせはエスカレートするだけだと、母親はすぐに頼子に辞表を書かせた。頭の中がグシャグシャになっていた頼子は、母に言われるままに辞表を書いて、ハンコを押した。
大きな衝撃がなくても、じわじわと心を削られていたんだなと理解したのは、辞表を出して三週間が過ぎたころだ。ぼんやりと部屋で過ごしていたときに、ふと目に留まった見慣れない置物に気がついた。自分が買ったものだと思い出した頼子は、机に並んでいるふだんの自分なら買わない異国情緒をまとった木彫りのネコの置物に、やっと心が疲弊していたのだと自覚した。
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