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壊れる前に、母に助けられたのだとわかった頼子は、母に感謝を述べて、これからどうしようと不安を告げた。
やっと内定をもらえた会社なのに、一年も経たずに辞めてしまった。そんな人間を、雇ってくれる会社があるだろうか。
母親はニッコリ笑って、とりあえず田舎に行って、のんびり働いていらっしゃいと答えた。資格がなくてもできる、人手の足りない職場があるのと言った母親の明るい顔に、頼子は幼子みたいにコックリとうなずいて了承した。
そしていま、ここにいる。
「あの、おばさん」
「なあに」
「仕事って、なんですか」
「あらっ、聞いていないの?」
きょとんとした多美子の声に「ただいま」と男の声が重なった。
「おかえりなさい」
立ち上がった多美子がガラス障子の向こうに行く。勝手口から入ってきたのは、多美子の息子、弘毅だった。泥のついた長靴姿の弘毅に、頼子の心がドキリと跳ねる。
「いま、頼子ちゃんとお茶をしていたところよ。弘毅もクッキー食べる?」
「ん」
短く答えて顔を上げた弘毅の視線と、頼子の視線がぶつかった。ギュッと頼子の心臓が絞られる。ときめく頼子に、弘毅はなつかし気に目を細めると、長靴を脱いで台所に入った。
「入り口で会ったけど、ちゃんとあいさつできなかったね。ひさしぶり、頼子ちゃん」
「あっ、はい」
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