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思わず立ち上がった頼子は、よろしくお願いしますと頭を下げた。クスクスと多美子が笑う。
「そう緊張しなくってもいいわよ。さ、お茶を淹れるから、弘毅は手を洗って座ってなさい。頼子ちゃんも、座ってクッキー食べてて」
「はい」
座り直した頼子は、手を洗う弘毅の広い背中をぼんやりとながめた。すらりと長い首。スッキリとしたショートヘアは、わずかなクセに跳ねている。健康的に日焼けした肌。ひきしまった腕は、服の下に隠れている肉体のたくましさを連想させる。振り向いて腰かけた弘毅は、はにかみながら頼子に声をかけた。
「入り口では、ろくにあいさつできなくて、ごめんね」
「いえ!」
ブンブンと首を振った頼子の心臓が、ドキドキと高鳴る。やわらかな口調と柔和な瞳に、頼子の背筋がピンと伸びた。
「私こそ、ちゃんとあいさつできなくて、すみません」
「車の中だったから、しかたないよ」
「それだったら、ええと、その……こ、弘毅さんだってそうです」
「弘毅さん、ねぇ」
からかいを含んだ多美子が、弘毅の前にカップを置いて息子の隣に座る。
「もう、こう兄ちゃんじゃないのねぇ」
しみじみとつぶやいた多美子に「そりゃあ、そうだよ」と弘毅がクッキーに手を伸ばす。
「頼子ちゃんも、もう頼子ちゃんって呼ばないほうが、いいのかな」
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