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「あー。口の中がやばい。気色わるっ」
全てを平らげたブッチャーは小刻みに震え始めた。その震えが収まるとまたいつも通りのふてぶてしい態度に戻った。それでも気分は悪いようで顔はげっそりとしている。
この怪物をこれほど意図も容易く倒せてしまう者はこの世にどれだけいるだろうか? 通常の人間であれば、メイド服の女性の錯乱など目ではないほどの精神崩壊を起こすのだ。
戦いにすらならない。それ故に決定的な倒し方も存在せず、生命体と見た目から判断しているものの、その実態は何もわかっていない。つまりは、人々はタダタダ冒されていくことしか出来ないのである。
しかし、怪物の精神攻撃に耐えられる者がいる。それを倒すことができる人がいる。善なるを捨てた、悪役。常識など持たず、社会の道理に目もくれない悪徳を極めし者。ただその者だけが成せる業なのだ。
そんな悪徳の男は女性の方を向いた。
「ごめんなさい」の連呼はもう収まっており、キョトンとした顔をしている。彼女はブッチャーの視線を感じ、そちらを見てから言った。
「悲しみは?」
何かを願うような青い瞳がブッチャーを見詰めていた。 「ゲッ」と思わず声を漏らしたブッチャーは恥ずかしがりながら答えた。
「てめぇの悲しみは消え去った。……だから眼帯返してくれ」
悪徳の者とて感情はある。純真な想いが込められた眼差しなど、生物である以上は優しい反応を返してしまうのは仕方がないだろう。
眼帯を求め、手を差し伸べたブッチャーに対し、まだ放心している様子の女性。ブッチャーが催促するとやっと言葉を理解したのか眼帯を手渡した。
取り戻した眼帯をブッチャーは装着し、それから物欲しそうにメイド服の女性を見た。事件の前の出来事を思い出した女性はビクッと震えた。
しかし、「悲しみ」を食べたブッチャーにはその気を起こすほど余力はなかったらしく、その場から名残惜しそうに離れていった。
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