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***
やってしまった—。
呆然と天井を眺めていた。シャワーの音を遮ろうと適当に音楽を流すが、余計うるさくなってすぐ止める。
早くここを出たいのに気持ち悪くてフラフラする。
こんな感覚、前にもあった。そうだ、アイビーを初めて抱いた日だった。
「ねぇ、また会える?連絡してよ。君ならいつでも大歓迎さ」
濡れたままの前髪をかき揚げて、”ウィリアム”と名乗った男がニヤリと笑う。
穏やかに焼けた肌と見惚てしまうような筋肉から、俺は目を逸らした。
こっちは2度と会いたくない。
「…今日ここで起きたことは他言無用で。それから、お互い顔と名前を」
「忘れること。分かってるさ、マナーだからね」
あごや肘から水滴が滴り落ちているというのに、やつはベッドの端に座ってきた。俺は避けるようにして起き上がり、身支度をし始める。
「もう終わりかい?寂しいな」
その言葉を無視し、俺は外套のボタンを閉めずにホテルを出た。
アイビーと別れたのはかなり前で、馨仁と疎遠になったのはもっと前。それなのに、俺は二人のことを忘れられずにいる。
あの時。馨仁に俺とアイビーのことを報告した時のことを、しっかり覚えているのだ。
「あのさ、馨仁。えっと…俺、パパラチアさんと付き合うことになったんだ」
「え、そうなの?」
「うん…」
心拍音が跳ね上がって、耳の鼓膜を叩いた。
下を向いたままいると、馨仁は俺の手を取りあの無邪気な笑顔で言った。
「おめでとう、シュン。幸せになって!」
「…あ、ありがとう…」
おめでとうだなんて、聞きたかった言葉じゃない。
胸がチクンと痛んだのは、失恋したと直感的に分かったからだった。
馨仁からの、俺の親友からの心からの祝福だって分かってしまった。
アイビーを巻き込んでおいて失恋したというのは、あんまりだな。
ひどく後悔した。氷が割れてしまえば、俺は凍てつく海の中へ深く沈んでいくだけだ。
馨仁から続きの言葉を待っていた。
彼は浮かない顔をしている俺を不思議がっていた。
誕生日会は特筆すべきことはなく、サクラさんも誕生日プレゼントを喜んでくれたし、俺たちのことも祝福してくれた。
最後の最後まで、馨仁は俺の欲しい言葉をくれなかった。
「シュン、いるのか?」
父親の声が聞こえた気がする。一旦無視をした。
「シュン、いるんだろ?入るぞ」
今度はノック音が3回聞こえて、「なんだいるじゃないか」と言ってきた。
反抗期ではないけど、寝てるふりをした。
真っ赤に腫れた目を見られたくないし、失恋のショックのせいだなんて知られたくない。
「ちゃんと飯食ったのか?」
「…」
「体調崩したならすぐ診てもらえよ。それから、1週間くらい家空けるからな、留守番頼んだぞ」
ドアが閉まった音を確認して、俺は起き上がった。
デバイスを起動させて「今度の週末遊ぼうよ」まで表示された、開かずにいるメッセージを眺める。
「ちょうど親がいないから、こっちにおいでよ」と送れば、過度に期待させてしまう。
なぜならその続きはこうだから。
ソファーに並んで座ったら、ご飯を食べよう。そして、コメディアンたちの起こす笑いの波に乗っかって、終わったらお互い好きな音楽を聴いて自分だけの世界に入ろうか。
夜遅くなるとお母さんが心配してしまう。大丈夫、また明日来るといいさ。
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