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電話の向こうから聞こえた聞き馴れた看護師さんの声は、少しも優しそうではなかった。
「……………………え……?」
『あまりにも突然だったのでご連絡もできず、ご臨終に立ち会っていただけずに大変申し訳ありません。心情をお察ししますが、急ぎ当院に――』
そこまでの言葉を耳に通したところで、俺はユキに変身していた。
「シオン!?急にどうし、ま、待て!待ってくれ、シオン!シオンっ!!」
手を伸ばし、必死に俺の名前を叫ぶ先生の声が全く聞こえない。俺は走り出し、高い塀に跳び上がり、民家の屋根を飛び越えて。
最短の道なき道を通ってひたすら走る。2度目の輪姦で体が死んでいたのに、今の俺の体は一陣の風。
周りの景色がとんでもないスピードで後ろに流れていって、ビュウビュウうるさい風が聞こえる耳がちぎれそうだ。
電話の向こうから聞こえた看護師さんの言葉に、先生の存在さえもが掻き消された。たった一言の言葉が、俺の頭の中を埋め尽くす。
嘘だ。だってこの前はあんなに元気だった。あれだ。看護師さんに冗談を言わせて俺を……いや、冗談でもそんなこと、看護師さんには言えねぇか。それに看護師さんの声は焦っていた、現実だという証拠。
嫌だ。あぁ、何で、どうして。
嫌だよ俺、まだ全然ばっちゃんに恩返ししてない。大学の学費も入院費も生活費も、何も。これからは俺がばっちゃんに尽くして今までの恩返しをするって、決めてたってのに。
何なんだよ「ご臨終」ってッ!!!!
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