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「あっ……」
手元から泡立て器が弧を描き、床に軽い音を響かせて落ちた。
エルフラン様は、さっきまでソファにかけていたはずなのに、素早くそれを拾って、渡してくれる。急がなくていいと、顔に書いていた。
「すみません。もう少し待ってくださいね」
エルフラン様は、店の包装に使う紙の印刷ができたからと、寮に寄ってくれた。時間的に仕事帰りだから、お腹が空いてるんじゃないかと思って、今日食べる予定だったハンバーグを焼くことにした。
エルフラン様が寮の僕の部屋にいるというこの状況が、信じられなくて、夢のような気がする。フワフワと浮き立ち過ぎて、手元が狂ってしまった。
軽食なんかもお店で出せたらなと思っていたので、味見してもらうのには、ちょうどいい。
「あ……あれ?」
何故だろう。エルフラン様の茶色の瞳が、とても近い。
「美味いな……」
僕の顔の上で、チュッと音がした。
頬に口付けた……? 危うく、ソースの入ったボウルを投げ飛ばしそうになった僕に、そう言って、目の上にも口付けを落とした。
「エルフラン様?」
口付けた後、指がそこをなぞるから、顔と身体が一瞬で熱くなってしまった。多分、全身真っ赤になっていると思うんだけど。
「ソースがついていた……」
「え、あっ、ソース?」
エルフラン様は、汗をかきそうなくらい熱くなった僕に、いつもの無表情のまま、教えてくれた。泡立て器を飛ばした時、中のソースが跳ねてしまったようだ。
「このソースは、くどくなくて好きだ」
跳ねたハンバーグソースの味は、彼の好みだったようで安心した。
「お酒で香り付してるんですよ」
「そうか。いくらでも食べられそうだ」
「えっと、エルフラン様。ソースがついているときには……」
口で言って欲しいと言おうとしたのに、ドンドン! と扉が叩かれて、返事をする間もなく、入ってきてしまった。鍵をかけておくのを忘れていたのだ。
「マリウス! すっごいいい匂いするから、来た!」
「俺らにも食べさせて――」
「お客様?」
三人目が、やっとエルフラン様の存在に気付いて、頭を下げた。
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