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それから彼女と少しだけ話をした。
彼女――桜子はこの商店の一人娘だった。商店と言っても今はもう閉店していて、自販機は当時の名残らしい。古くなった自販機は頻繁に調子が悪くなるそうだ。それで彼女は困っている俺に気付いて、様子を見に出てきてくれたということだった。
「そしたら、一人でコイントスでしょ。」
その姿が彼女には面白かったらしい。
「だからって、いきなり乱入してくる?」
楽しげな声につられて、こちらの声も少し弾んだ。
「どうして、こんな所で佇んでいたの?」
「いや、別に・・・」
「まあ、その季節外れのモミジを見たら察しは付くけどね。」
思わず左の頬を隠した。それを見て彼女は笑った。いたずらっぽく。しかし、とても爽やかな笑顔で。
一瞬で落ちた。
(ああ、これが一目惚れというやつか。)
しかし、ほんの数分前に偶然出会っただけの関係だ。どちらかがベンチを立ってしまえば、たぶん次はない。
そろそろ会話が途切れようとしたとき、俺は意を決した。
「もしよかったら、また会いに来ていいかな?もっと君のことを知りたいんだ。」
彼女の驚きと困惑が伝わってくる。少し考えた後、彼女は冗談めかした口調で答えた。
「振られたばかりなのに、もうナンパ?」
どうやら重大な勘違いをしているらしい。ちゃんと訂正しておくべきだ。
「いや、振ったのは俺の方だし。」
「へえそうなんだ。でもナンパは否定しないのね。」
「うん、まあ・・・。」
初対面の女性を口説こうというのだ。ナンパと言われればそうなるのだろう。軽い男と思われただろうか。
「まずは、そのモミジの訳を話してくれるのがスジじゃない?」
正論だ。
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