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さっき終わらせたばかりの恋のあらましに、彼女は真剣に耳を傾けてくれた。
「桜子さんは別れるのに理由が必要だと思う?」
「うーん、別れる理由か・・・。」
そう言って考え込む彼女の横顔がなんだか少し深刻に見えて、胸のあたりに嫌なざわめきを覚えた。
余計なことを聞いたかと不安になったそのとき、彼女が勢いよく立ち上がった。
「運命!」
急に大きな声を出すものだからドキリとした。相変わらず快活な声。振り返った笑顔もさっきまでと変わらなかった。どうやら杞憂だったようだ。
「運命?」
「うん。出会いも別れも理由なんてない。神様が決めたことなんだと思う。人間はそれに逆らうことはできない。理不尽かもしれないけど、だからこそ理由を探すの。自分が納得するための理由を。」
なんとなくだけど、彼女にしては後ろ向きな意見に感じた。
「なんだか意外な答えだった。」
「私もそう思う。お気に召さなかった?」
「そんなことはないよ。素敵な答えだと思う。」
(出会いも別れも運命か。それならば・・・)
俺はポケットからコインを取り出した。そして、あえてイタズラっぽく言う。
「出会いも運命なんだよね?」
「ええ?本気?」
彼女は意図を察してくれたようで、また少し考え込んだ。口元に手を当てて何やら思案する彼女の表情を見ていると、やはり胸あたりがざわつく。
「いいよ。」
「え?」
予想外の回答に思わず聞き返してしまった。彼女はいっそう弾んだ声で言った。
「表に賭けるわ。ただし、夏の間だけね。」
「夏の間だけ?」
「そう。表が出たらひと夏の恋人になりましょう。外れたら・・・そういう運命ってことね。」
「なんだか楽しそうだね。」
「楽しまないと。」
「さっきまで3回連続で表が出ているよ。」
「もう決めたの。後戻りはなし。」
後戻りはなし。彼女の言葉から強い意志を感じた。
「分かった。いくよ?」
初夏の夕空にコインが舞った。
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