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「たぶん叶わないけどね。」
彼女が夢の話をしてくれたのは、残暑もようやく穏やかになった、そんな日の夕暮れだった。二人座ったベンチにはツクツクボウシの声が小さく聞こえていた。
「そんなことないって。俺も内装のデザインとか手伝うから。二人で叶えようよ。」
建築系の学科に通っている俺は、就職先もコンサルタントかデザイン事務所を希望している。だから桜子の夢を聞いたときには本気で手伝いたい、夢を共有したいと思った。
「本当?ありがとう。」
彼女は喜んでくれた。しかし、続いて出てきた言葉は意外なものだった。
「でも、ごめんなさい。それはできないわ。」
悲しい声だった。
「どうして?」
「私たちはひと夏の恋人だから。」
ひと夏の恋人という約束。忘れていた。いや、考えないようにしていた。
「そんなのもういいじゃないか。これからも一緒にいよう。」
もっと一緒にいたい。彼女もそう思ってくれていると信じていた。
彼女は右手を口元に当てた。考え事をするときのいつもの癖だ。俺は彼女が話し出すのをじっと待った。しかし、返ってきたのは期待していたのとは反対の答えだった。
「やっぱり、今日で最後にしましょう。」
「俺のこと好きじゃないのか?」
「好きよ。好きに決まっているじゃない。」
目に涙を湛えていた。
「じゃあ、なんで・・・。」
「運命だから。あなたと私は別れる運命だから。」
「運命・・・。」
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