8人が本棚に入れています
本棚に追加
出会った日のことを思い出した。別れるのに理由はない、運命には逆らえない。あの日この場所で桜子はそう言っていた。
(それならば、運命に抗ってやろうじゃないか。)
「本当に今日ここで別れる運命なのかどうか、もう一度試してみないか。」
俺は500円硬貨を取り出して、真顔で訴えた。
空気が読めていないかもしれないし、しつこい男と嫌われるかもしれない。それは覚悟の上だ。桜子をまっすぐに見つめる。彼女の頬には大粒の涙が伝っていた。
「ここでそれに甘えたら、取り返しがつかなくなるかもしれない。」
「それも運命だよ。」
「私はあなたを傷つけるかもしれない。」
「そんなのは別れる理由にはならない。」
桜子は大きく深呼吸した。ハンカチで涙を拭う。そして、ハッキリした声で宣言した。
「表。表が出たら冬が来るまで一緒に過ごす。」
「冬が来るまで?」
「そう、それ以上は延長なし。」
きっぱりとした口調に押され、俺は頷くしかなかった。
「分かった。じゃあ行くよ。」
コインは熱を帯びて晩夏の夕空を舞った。
最初のコメントを投稿しよう!