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◇ ◇ ◇
「今年はサンマが安いんだって。」
公園に敷き詰められた銀杏の絨毯を二人で歩いていた。
「へえ、そうなんだ。」
そんなつもりはなかったが、気のない返事になってしまった。
「もしかしてサンマ嫌い?」
「好きでも嫌いでもないなあ。無くても別に困らないし。桜子は好きなの?」
「私も特に好きというわけでもないかな。でも、なんかいいなと思って。季節とか、旬とか。今年は安いとか。今しかないって感じ。いいなって。」
「今しかない、ね。」
時々、桜子はそういうことを言う。その度に彼女の大切な“今”を共有していることを幸せに思った。しかし同時に、それならなぜ期限付きの恋などに時間を浪費するのかと、彼女の心の内を理解することができない自分に苛立ちを覚えた。
「どうして?」と理由を聞けばよいことなのだが、それはできなかった。聞いてしまうと全てが終わるような気がしたから。
そうして何の手立てもないまま秋が深まっていくのをやり過ごすしかなかった。空っぽの心を秋風が通り抜けていくような焦燥感と虚しさをずっと抱えたままで。
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