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端の青空
気が付くと、そこは明かりのまぶしい夜だった。街は街灯と車のヘッドライト、それにオフィスから流れ出す明かりに包まれていた。
私は歩道の隅に立っていた。歩道には大人があふれかえっていた。知らない街で、特に歩き出す気にもなれない。
ふいに、人ごみの中に見知った顔を見た気がした。
「――――」
しかし彼の名を思い出せない。上げかけた手を下ろし、よもや知り合いではなかったのではと考え直した。それでも彼は、私に手を振って、人ごみをかき分けて私のほうへと来た。
見上げるような背丈だ。きれいに整えられた短髪と、凛々しい顔立ちが印象的な好青年だった。
その顔を見て、はっと思い出した。彼は「並行世界でも君たちを見つけられるように、できる限り努力する」が口癖の、オカルトで、精神論を振りかざす人だった。特に親しい友人ではなかったし、名前は思い出せない。そもそも歳が離れすぎている。
「僕は君の知り合いだ。とりあえず、今はそれでいい」
心の中を見透かされたようで、理解に苦しんだ。
「この街を案内しよう。君はここに来るのは初めてだろう」
曖昧にうなずいた。彼はほんの少しだけ微笑んで、私の手を引いて歩き出した。彼がいるということは、ここはもしかすると並行世界なのかもしれない。
角をいくつか曲がると、トンネルの入り口のようなものがあった。奥は薄ぼんやりと明るく、人も何人かいる。
「ここは『世界の端』と呼ばれているんだ。きれいな場所で、人気スポットだよ」
あぁ、ここは並行世界だった。なんだ、世界の端って。
トンネルはすぐに行き止まりになっていて、通行止めの看板がコンクリートの壁に立てかけられていた。
「こっちへ来てご覧」
彼の声が反響した。左にはまだトンネルの続きがあり、奥がガラス張りになっていた。その光景が水族館を思わせたのは、ガラス張りだからという理由だけではなかった。
青い。奥に広がる海と、水平線、そしてその上に広がるはずの夜空は昼間のような青空だ。
だけど青空はガラスの中の二割にしか及ばず、真っ黒な雲のような人工物が、空の左側の八割を覆っていて、今にも明かりのまぶしい夜の街に落ちてきそうだった。
「空が……無いよ」
やっとのことで声を出した私は、気を失ったらしかった。
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