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波が引く時の音を立てて、みぞおちを打たれたような痛みが体に染み通っていった。 僕は起き上がり、キシに背を向けて、ベッドの端に座った。 「最初から、わかってたよ」 と言っているその言葉は震えて、さっきと同じように、誰か他の人が話しているように、耳に届いていた。 「何を」 「あんたは、僕を好きにならない」 床に置いた足の裏から、ひんやりとした9月の夜の気配が伝わってきた。 「僕は、一人になるのは、もう嫌だから」 目を挙げて、薄暗いキシの部屋を、カウンターの上に並んだガラスのコップを、その向こうの暗闇を見た。 「だから、言わなかった、言わないようにずっと気をつけてた」 ばかだ、という言葉を僕は飲み込んだ。 「踏み込んだら、いなくなるって知ってたから」 キシが体を起こす気配がした。僕は振り向かなかった。 「お前、夜中にうなされてるだろ」 「…」 「俺じゃなくて、もっと良い人のところへ行きな」 やはりこの場所にたどり着いてしまった、という思いが両手を震わせ、僕は握りしめた拳を開くことができず、体じゅうに広がっていた痛みはだんだんと胸に収束して、喉が詰まったように息苦しかった。 夜の空気の中で、皮膚の温度が少しずつ下がってきて、体の奥に、重い熱さが残っているのがわかった。 涙は出なかった。その頃、キシといると、いつも泣き出しそうな気がしていたのに。 今までどおり、会うだけでいい。 僕は口を開き、そう言おうとして、何度か息を吸い込んだ。でも、声にならなかった。 振り向くと、キシは半分体を起こして、僕を見ていた。 「どうして」 と僕は言った。 キシは、あの考え深そうな目でしばらく僕を見ていて、口元で笑うと、 「かわいいから」 と言った。 金曜日の夜にキシが僕を誘うことは、その後なかった。 キシが会社を辞めるという噂が、同期の間で広まり始めたのは、10月に入ってからだった。
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