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慌てて差し出した丸椅子に、そのお客さんを座らせる。よく見ると顔色が悪く、腕も簡単に折れそうなくらい細い。「この人、病人なんです」と言われたら信じてしまいそうなほど。額からは玉のような汗がどんどん落ちてくるので、私は店の奥に行って、水がいっぱい入ったコップを持って戻ってきた。それを渡すと、彼は小さくお礼を言ってから一気に飲んでしまう。大きな息を吐いて顔をあげるその姿は、さっきとは打って変わって力強い。しおれていた花を水につけた時みたいだ、と、私はひそかにそう思う。
「すいません、お役に立てず」
「いえ、こちらもダメ元だったので……やっぱり駄目だったか」
「どうして、青いバラなんですか?」
そんな寒々しい色じゃなくって、太陽の色に似た赤や黄色、可愛らしいピンク。そういうのがいっぱいあるのに、どうして【青いバラ】にこだわるのか。口に出してから、失礼なことを聞いてしまったかもしれない、と気づいて思わず口をつぐむ。それはお客さんにも伝わったようで、柔和な笑みを浮かべて「いいですよ、それくらい」と失態に添えるように優しく言った。
「青いバラの花言葉って、【奇跡】なんです」
「……奇跡?」
「俺も、恋人に教えてもらっただけで詳しいわけではないんですけど……そうなんですって。だから、どうしてもその【奇跡】をプレゼントしたくて」
彼は疲れ切った視線を、病院の方へ向けた。
「あの、赤いバラならありますか?」
「は、はい!」
「本当は赤いバラってお見舞いには禁忌だって言われているらしいですけど……恋人がバラ大好きで。あるなら、ください」
「何本ですか?」
あまり数は多くないが、小さなブーケを作れるくらいはまだ残っている。しかし、お客さんは指を三つだけ突き立てた。
「三本で大丈夫です」
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