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「いや、まあ……」
「すごい、本当にあるんだ」
お客さんは立ち上がり、ショーウィンドウに近づく。そして、四方八方から舐めるようにそのバラを見つめていた。
「それで、今日は何本にします? 三本? 十一本……あ、でもさすがにぃ~百八本は事前にご予約いただいた方がいいかな?」
「でも……」
「ん?」
彼の顔はすぐさま曇ってしまう。そして苦虫をつぶしたような顔をしてから、ぽつりと口を開いた。
「会ってもらえなかったんです、彼女に」
「え? せ、折角お見舞いに行ったのに?!」
「はい……」
「ひどくないですか、それって! お客さんだって一生懸命だったのに」
見たことも会ったこともない、このお客さんの口からしか聞いたことのない『彼女』に憤りを覚えて、思わず荒々しい声が上がる。言い終えてから、あまりの差し出がましい行為にハッと我に返るが、お客さんはまた優しく笑うだけだった。その寛容な態度に、自分と言う人間の器の小ささを感じて、いたたまれないほど恥ずかしくなっていく。
「彼女、別れてくれって言うんです」
「……どうして、またそんな事を」
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