第1章

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序章  高鳴る鼓動。  ステージを眩しいほどに照らすライト。  その白い光の中に一歩足を踏み出したとき、  奇跡は起こる。  ◇◆◇◆  「やぁだー、キセキだなんて大げさねティナちゃん」 無精ひげを剃りながら、三十代くらいの団長は、そう言ってうふふと笑った。すらりと伸 びた焦げ茶の髪を、後ろでひとつに束ねている。 「だってあいつは天敵だし!口悪いしっ!相性最悪なんですよ?!これを奇跡と言わずし て何と言うんですかっ?!」  ティナと呼ばれた小柄で細身の少女が、噛みつくように訴えた。赤いチリチリの短い髪 に、茶色の瞳。今日のステージ衣装である、カラフルなピエロの格好をしている。 「口の悪さだけはお前に言われたくねえよ」  その声に振り向くと、楽屋の入り口に、こちらも小柄で細身な少年が寄りかかって立っ ていた。腕組みをして、眉間にはしわ。サラサラの短い金髪、茶色の瞳。ティナのと対に なるような色合いの衣装。ティナと同年代に見える彼は、今年で十四歳だった。不機嫌な 瞳が、じろっと一度ティナを睨む。 「相性最悪なのは俺も同感だけどな」 そう言ってから、団長に視線を向ける。 「団長。いいかげん、俺コイツのサポートしなくていいんじゃないすか?こいつもそろそ ろひとりで大丈夫っしょ」 「そうですよ団長!まいにちまいにちこの鬼畜にああだこうだ言われてっ!」 「待て。それはこっちのセリフだっつうの。いちから教えてやったんだから少しは敬意を 払えよばーか」 「ばかって言う方がばかなんですぅー」 「ばかって言う方がばかなんですって言う方が」 「おだまり」 団長のドス声に、二人のけなし合いがぴたりと止まる。 「この団長様が組めっつってんだ黙ってやりゃあいいんだよ私事を仕事に挟むんじゃない わよだいいちあんたたちステージ上ではこれ以上ないほど息ピッタリなんだよあんたたち がこの劇団の目玉なんだよ変えてたまるかいい加減低レベルなあらそいはおやめ分かっ た?!」 「はい……。」 団長は怖かった。 「あ、それと」 少年が一枚の封書を団長に差し出す。 「さっき主催者側が、渡しといてくれってさ」 すると団長は中身を見ない内に、内容を察したようだった。ため息と共に封書を受け取り、 「今夜は移動の準備かしらね」 そう言いながら、一応といった感じで封書を開け、サッと目を通す。そして特にがっかり した様子もなく、黙って見守る二人に言った。
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