第2章

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 順番待ちの客の伝票を次々とこなしながら僕は考える。いったいあいつはどういう風の吹き回しで一緒に見ようなんて誘いをかけて来たのだろうか、と。  今までよそよそしかったのが急に友達風を吹かすなんて、どう考えても何か魂胆がありそうだ。それに、友達でもない男を隣人だといえ家に誘うなんて、変じゃないか。  その日は七時までの勤務だった。家に向かいながら、ついコンビニでチップスとか煎餅を買った。それにビールも二缶。  頭ではあいつの変な企みに引っかかるのは危険だと警戒しているのだが、どうも心の隅では彼女の家にいそいそと上がり込む自分を想定してもいるらしい。  こういうのを据え膳とか言うんじゃないだろうか、と思わずへたな期待をし、いや、頭のおかしい女だったら、隣に住んでいるのだから関わり合ったら大変なことになる、と逸る気持ちを抑えた。  マンションに帰り着く頃にはあれこれ考え過ぎて疲れ果てていた。第一、いったいどの面下げて彼女の家に行くつもりだ? あの子のことだから誘ったことなどけろりと忘れて、何で来たのよ、なんて怖い顔をするかもしれないじゃないか。  自分の部屋に辿り着くと、はたしてドアのところに紙がはさんであった。 「帰って来たらうちに来て。奈々子」  ふむ。飛んで火に入る夏の虫、の心境だ。怖ろしくはあるが、せっかくの機会を逃したくはなかった。  彼女の部屋のチャイムを押すと、しばらくしてからドアが開いた。 「遅かったじゃない」  開口一番に文句を言われて僕は申し訳ない気分になり、つい口を滑らした。 「いや、ちょっとコンビニへ寄っていたものだから」  提げていたビニール袋を手渡すと、彼女は嬉しそうににんまりとした。目許を緩ませた彼女はとても可愛らしく見える。この豹変振りはいったい何なんだ、と戸惑いながらも微笑を返させてしまう何かが、彼女にはある。 「僕の仕事が何時に終わるかなんて、君は知らないだろう?」  玄関で靴を脱ぎながら、リビングに向かう彼女の背中に僕は疑問を吐いた。行くなんて約束をした覚えはないぜ、と付け足したくなったが、黙った。 「敦君が平日は七時頃帰って来ることなんか、お見通しだよ。私、これでも耳がいいの」 「よほどヒマなんだな」  僕はキッチンに向かったらしい彼女の背中に毒づいてみる。それにしても、いつから敦さんが敦君になったんだ?
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