第2章

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 フィナーレに登場人物のスポットが一人ずつ流れはじめてから、隣の家でテレビを見ていることをやっと思い出したぐらいだ。  ふと奈々子を見ると、彼女は瞳をきらきらさせており、それが涙だと気づくのに数秒かかった。ハンカチなんて持っていないから、恰好よく貸してあげるわけにはいかない。 「ドラマ見たぐらいで、本当に泣くかよ」  照れ臭くなって僕がそう呟くと、彼女は怒った顔を振り向けた。 「ちょっと、誰が自分の家で泣こうと勝手でしょ? そんな口を叩くヒマがあったら、そこのクリネックスでも持って来てよ」  奈々子に指図されて、僕はテレビ台の上にあったクリネックスの箱を取って差し出した。彼女はクリネックスで目許を押さえ鼻をかむと機嫌を直したみたいだった。涙が滲んだところをこすったから、眼の下が少し赤くなっている。 「ねえ、大学生活ってこんなふうに素敵なの?」  そんな質問をするところをみると、奈々子は大学生ではないらしい。大学に行かなかったかもしれない人の前で学生生活を自慢するのは悪い気がして、僕は答えをはぐらかした。 「僕は大学出ていないかもしれないぜ」 「行っているよ。インテリの顔、しているもの。今時誰だって大学に入れるって言うし、こんないい部屋に住んでいるんだから、大学卒業するぐらいのお金、あるんだろうし」  先ほど泣いていた女の子はどこへ行ったやら、彼女は泡の消えたビールを豪快に飲むと、辛辣な口を叩いた。 「これはドラマさ。あんな綺麗な子が同級生ってことはまあ考えられないし、いたとしたってドラマみたいな展開にはならない。恋を盛り上げる障害なんて現実にはそれほどないわけだから、くっついたらすぐ喧嘩別れしたりすることになるし」 「でもこの二人だって一杯喧嘩したけれど仲直りしたじゃない。現実ではそういかないわけ? 敦君も彼女とか、いたんでしょう?」  奈々子は真面目な顔でこちらを見た。こいつはいったい何を探ろうとしているんだろう。 「どうして過去形になるわけ? 僕にも大学時代からの彼女とかいるかもしれないじゃないか」  僕がそう応じると、彼女はふっふっと勝ち誇ったみたいに笑った。 「いないよ。いたら隣の女の子の家でテレビ見たりしないでしょ?」 「テレビぐらい見るかもしれないだろう?」  僕がムキになると、彼女はにやりと笑った。
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