第1章 未知との遭遇

2/10
前へ
/53ページ
次へ
 祖母は夕方になると、蚊取り線香を海苔や煎餅が入っていた四角い空き缶の蓋にのせ、家のあちらこちらに置いた。蚊取り線香が、時おり赤い熾火を見せながら渦巻いた形の灰に変わる様を、僕は横に寝そべりながら飽きもせずに眺めたものだ。  線香の匂いに誘われて、思わず公園に足を向けていた。  そして、そこで僕は彼女に出逢った。  いや、彼女に遭遇した、と言うべきかもしれない。UFOではなかったけれど、僕は不思議なものを見たのだ。  その女の子は派手な銀色のミニスカ姿で、公園の奥まったベンチに座っていた。片手には緑色の蚊取り線香を持ち、もう片方の手には何やら紐を握っている。どうやら飼い犬の手綱らしいとわかった時に、みゃお、という泣き声が聴こえた。  女の子は背を丸めてかがみ、探し物でもしているのかベンチの下を懸命に覗いており、彼女の上体が動くたびに銀色の服がきらきら光った。  街燈の灯りを反射しているのか月の光に煌いているのかわからなかったけれど、彼女の姿が闇の中に白く淡く浮き上がって見えた。再び泣き声がして、ベンチの下から顔を出したのは白いふわふわとした小動物だ。  どうみたって犬には見えないから、猫ということになるのだろうか。  女の子はその猫らしきものを片手で抱き上げると立ち上がり、こちらを見た。僕がとっさに感じたのは、猫みたいな人だ、ということだった。  大きな眼が、まるで暗闇でこちらの動静を伺う猫の瞳孔みたいに煌き、それから彼女は鼻をフンと上に向けるみたいな仕草をした。それは、ほっといてくれ、と言っているようでもあり、あんたなんて何さ、とすごんでいるようにも思えた。  僕が木偶の坊みたいに突っ立っていると女の子はくるりと背を向け、猫らしきものを地面に下ろして公園の反対側に向かって歩き出した。彼女が手にしている蚊取り線香の白い煙が、ゆっくりと螺旋を描きながらこちらに流れて来る。  白い毛玉のような猫が、短い脚を甲斐甲斐しく動かしながら彼女に並んで歩いていた。どうやら手綱を引いて猫を散歩させているらしいと気づいた頃には、銀色の服と白い猫はどこかへ消え去っていた。  スーパーの袋を道に置きっ放しにしていたことを思い出し、僕はそこまで戻った。重い袋を再び両手で持ち上げて、狐に摘まれたような思いで歩きはじめる。  あれは何だったんだ、という素朴な疑問だ。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加