第3章 猫を抱く女

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 その彼女が手をひらひらさせていた。だから、彼が友達なんかじゃないことは明白だ。それに父親とか兄貴にも見えない。  僕が踏み止まったのは、それ以上そのことを考えてはいけないという予感がしたからだ。彼女のことを詮索したりしないことだ。奈々子は単なる隣人でDVDを一緒に見る友達に過ぎないのだから。  そう考えたとたん、誰かに上から踏みにじられたみたいに胸が苦しくなった。気づいてしまったのだ。そんなのはポーズに過ぎないということに。本当はそんな簡単には割り切れない、ということに。  その日、岡本さんと近くの牛丼屋で昼飯を食べた。値段が安いだけあり、牛肉はささやかな分量しか入っておらず玉ネギや白滝の間に埋もれている。僕は胸につかえているものをちょっと吐き出したくなった。 「岡本さん、ちょっと変わった子がいるんですけど。僕を友達にするって宣言した子なんです。・・それって、多少は僕のことを好きってことなんでしょうか?」  岡本さんは箸の勢いを休めずに丼を口にかき込んでから、答えた。 「関心がないわけじゃないだろうな。嫌いなやつだったら、友達になんてしたくないだろう?」 「それって、好きだってことかな」  岡本さんはやっぱり、あはは、と笑った。 「そうとは限らないだろう。いい人、ってところだろうな」 「僕って損しているんですよね。いつもそのいい人って範疇に陥るらしい」 「そこが敦のいいところじゃないか。ま、試しに嫌いな男の範疇に入るべく、やってみたらどうだ? 嫌いなやつの方が好きなやつに転じる場合が多いからさ」  彼が冗談を吐いているのかどうか、僕にはわからなかった。それに、一度友達モードに入れられてしまった場合、どうやってそこから抜け出したらいいのだろうか。嫌われてそれでお終いになっちまってもいいのか、と僕は胸の中で自問する。 「どうした、敦? 恋の悩みか?」  岡本さんが勢い良く僕の背中を叩いたので、僕は白滝の固まりを呑み込みそうになり、照れ臭くなって苦笑いした。 「そんな格好のいい話じゃないんですよ。ちょっと気になっているだけです」 「気になっている、ってことは恋に落ちたってことだ。いいよね、若い連中は青春できて」  彼の声を聴きながら僕は妙な気持ちになり、胸の内で反省した。
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