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これが恋だとしたら、あんな可愛げのないイカレタ子に惚れるなんて、僕も相当イカレテいるんじゃないだろうか。筋張ったいかにも安そうな牛肉を思わず奥歯でかみ締めた。
それから二日ほどして木曜日の晩遅くにドアのチャイムが鳴った。ほとんど真夜中だ。
ドアを開けると、奈々子があの白い猫を抱えて立っていた。
「敦君、ちょっと頼まれてくれる?」
嫌いな男の範疇に入るべくやってみろとの岡本さんの教えをふと思い出して、僕は努めて不機嫌な声を出した。
「なんだよ。真夜中だぜ。人の睡眠を邪魔しないで欲しいな」
「寝る格好なんてしていないじゃん」
彼女は僕をじろりと見ると、フンと言う表情を浮かべた。まったく頼みごとに来たんだったら、もっとかしこまった顔をしろ、と言ってやりたくなる。
「寝ようと思っていたところだよ。で、何なの、頼みたいことって」
僕が言い捨てると、奈々子は腕を伸ばして僕にあの白い毛玉みたいな猫を押しつけた。
「ミミ、しばらく預かってくれる?」
どうやらミミというのが猫の名前らしい。猫は僕の腕の中で、みゃおみゃお、とうるさく騒ぎ立てている。
「ちょっと待ってよ。冗談じゃないぜ。猫なんて嫌いだよ」
猫が嫌いなわけではないけれど、このミミという猫は苦手だ。向こうもそう思っているらしいことは、あいつが爪で僕のシャツを無暗に引っ掻いていることからもよくわかる。
「月曜日までだから、それぐらいいいでしょう?」
奈々子は目尻を上げて猫みたいな瞳でこちらをにらんだ。不思議なことに、彼女は怒るととっても綺麗に見えるんだ。つい見惚れてしまう。
「猫ホテルにでも預ければいいじゃないかよ」
僕が渾身の力を込めて彼女から眼を逸らすと、奈々子は打って変わったみたいな甘い猫撫で声を出した。
「急に明日の朝旅行に出ることになっちゃったの。四日もご飯を食べなかったら、ミミ死んじゃう。だから、お願い」
猫まで僕の胸で大人しくなってつぶらな瞳でこっちを見つめている。白い長い毛が抜けてシャツにくっついていた。部屋中に猫の毛を撒かれるのはごめんだ。
「じゃ、君の部屋の鍵を置いていってくれたら、毎日君の家に行って猫に餌ぐらいやるよ。それでいいだろう?」
僕の提案を奈々子はしばらく考えているふうだった。それから降り向くと、にっこりと微笑した。
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