第3章 猫を抱く女

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 聴診器をミミのお腹に当てながら、今朝ミミは何を食べたのか先生が訪ね、奈々子が今朝は何も食べていないと答えた。昨日は、と尋ねられて、僕が昨晩は鶏肉のキャットフードと牛乳、と説明すると、奈々子がこちらをすごい形相でにらんで叫んだ。 「何でミルクなんてやったのよ。この子はミルクアレルギーなのに!」  僕が彼女の剣幕にひるんでいると、先生が唖然とした顔で僕達二人の顔を交互に眺めてから、落ち着いて下さい、と柔らかい声で諭した。 「心配ないわ。ちょっと消化不良を起こしただけだから。お腹の薬をあげますから、一日に二回、水に混ぜて飲ませてやってちょうだい」  今にも鼻から荒々しい息でも吹き出しそうな奈々子の怖い顔から視線をはずして、僕はカルテを記入している先生に尋ねた。 「先生、猫にも人間みたいなアレルギーっていうのがあるんですか?」 「ありますよ。猫には人間と同じような症状が幾つもあるの。アレルギーもストレスの一種だわね。アレルギー反応が強くなることもあるし、大丈夫な時もある。だから、ストレスが溜まらないように優しくしてあげて下さい」  先生はこちらを向いて頭を少し傾げると微笑んだ。白衣を来た薄化粧の彼女はけっこう美人で女優の誰かに似ているのだが、その名前を思い出せない。  会計を終え薬をもらって病院を出たけれど、奈々子はミミを胸に抱き締め僕の前をさっさと一人で歩きながら先ほどからずっと黙ったままだ。このまま喧嘩別れはしたくなかったので、僕は彼女の腕をつかんでこちらを振り向かせた。 「ゴメン。悪かった。全部僕のせいだ」  奈々子はしばらく僕をひたりと見つめていたが、やっと口を開いた。 「いいよ。敦君に頼んだ私の責任だもの。でも、あの先生、ムカつく」 「どうして? 優しい先生じゃないか」  僕が口を滑らすと、彼女はムキになった。 「どこが優しいのよ。まるでミミのストレスが溜まったのは飼い主のせいと言わんばかり」 「そんなことはないさ。君の思い違いだよ」  僕の言葉に彼女はきつい顔でこちらをにらんだ。 「意地悪な女よ。それに敦君にやたらに媚売っていた。きっとあなたに気があるんだ」 「変なこと言うなよ」  綺麗な女医さんの顔を思い浮かべて僕がつい笑みをこぼすと、彼女は僕を見上げて言い放った。
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