第1章 未知との遭遇

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 あの子のあの格好は、いったい何なんだ?   コスプレのつもりなのか、いかにもアニメの主人公が着ていそうなメタリックなミニドレスが、皮膚に吸いついたみたいに身体の線を露わにしていた。短いスカートから惜しげもなく覗いていた長い脚を思い起こし、今になってそそられないでもない。  いや、髪の毛なんておかっぱでまったく色気のない子だし、野良猫みたいに不機嫌な顔をしていた。だいたい、猫を紐に繋いで散歩させるなんて、常人がすることではない。  あれこれ考えているうちに、気づくとマンションに辿り着いていた。少なくとも暑さをしばらく忘れさせてくれたことは、あの奇妙な女の子に感謝しなければいけない。  ひょっとして酷暑で頭が朦朧として、幽霊か幻影でも見たのだろうか。そう考えて、いささか背筋が寒くなる。まさか、ね。  幽霊らしき変な女を見たという話を面白可笑しくすると、同僚の岡本さんは、あはは、と笑った。  僕達が勤めているのは駅前のビルに入っているDVDやCDのレンタル・ショップで、隣はコンビニ、その向こうはファースト・フード店、二階にはチェーンの居酒屋と焼き鳥屋が並んでいる。  岡本さんは僕より五つ年上で三十歳になったところだ。社会人としての自覚、ということを彼は最近よく僕に説教する。  岡本さんは好きな彼女と結婚するために、去年パートから正式な社員になった。昔はバンドでギターを弾いており、本当は音楽で身を立てたかったらしいけれど、所帯を持つために社会人としての自覚に目覚めたということだった。  家賃を払い、食費をまかない、電気代や水道代やスマホ代を支払い、そして税金を払うためには、パートでふらふらしているわけにはいかないということらしかった。 「敦はいつもふらふら歩いているから、それで幽霊も親近感を感じて近寄って来たんじゃないの?」  他の人は僕のことを谷崎さんと呼ぶのに、岡本さんは僕のことを弟分とでも思っているらしく敦と呼び捨てにする。でも名前で呼ばれるのは学生時代みたいで、本当はちょっと気に入っている。 「ふらふらなんて歩いていませんよ。スーパーでどっさり買い込んだから、両手に重い荷物をぶら下げて、重々しく歩いていたんですよ」 「今時この辺で幽霊なんて出るはずないじゃないか。脚があったんだろう? だったらお前が見たのはただの女の子だ」
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