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第4章 心はどうした?
翌日の昼休みに、僕を訪ねて来た人がいた。
裏で在庫の整理をしていた僕のところに斉藤さんがやって来て、若い女性が僕を探していると言う。一瞬、奈々子がまた何か文句を言って来たのかと心配になったら、昨日とは違う女性よ、と斉藤さんが皮肉交じりな声で付け加えた。
谷崎さん、もてますね、と薄笑いを浮かべてカウンターに戻って行く斉藤さんの後ろ姿を見送る。彼女が眼鏡の奥で何を考えているのか、いつもわからない。
カウンター近くに立っていたのは大学時代に同級だった山下由香里だった。
「谷崎君、お久し振り」
「やあ、久し振り」
由香里とは一時付き合ったことがある。卒業して彼女は信用組合に勤めた。大学は出たものの、彼女が言うところの「きちんとしたお勤め」をしない僕を彼女が振った、というあたりが真実だろうか。
彼女が最初に配属された支店は地理的にも遠かったので、なんとなく疎遠になり関係は自然消滅した。
久し振りに昔の恋人に出逢った照れを隠すために、僕は彼女の近況を尋ねた。
「この秋から、隣の駅前の支店に配属になったんだ。だから、谷崎君のとことも近くなったし、ちょっと顔でも見ようかなって思って寄ったの」
信用組合の制服らしい紺のスーツはキャビン・アテンダントみたいに格好良くて、由香里に似合っていた。そしてやっぱり気恥ずかしいのかちょっとうつむいている彼女はとても女らしく見える。実際、化粧でも変えたのかとてもチャーミングだ。
「そうか」
僕はますます照れて、どう言葉を繋いだらいいか考えあぐねていた。
「まだ、小説、書いているの?」
「書いているよ。まだ目一杯青春している」
突っ張ってそう言うと、彼女が笑って八重歯が零れた。笑顔の素敵な子だった。昔を懐かしんで、胸がきゅんと鳴ったような気がする。
「時間があるんだったら、昼飯でも食おうか」
僕としてはとても珍しく誘いの言葉がすんなりと出た。由香里が了承してくれたので、近くのスパゲッティー屋に行くことにする。昔の彼女を牛丼屋とかファミレスに連れて行くのは、やはりはばかられたからだ。
由香里は僕の近況を尋ね、僕は彼女のその後を尋ねた。はっきりとは言わなかったけれど、どうやら彼女は支店の配属変えを機に付き合っていた男とも別れたらしい。
「私もまた、青春しようかな」
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