第4章 心はどうした?

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 狭い路の反対側には、まるで葬式みたいに黒塗りの車が連なって駐車していることに気づいた。なんだか運転手達に見張られているようで気味が悪い。ジーンズのポケットに手を突っ込み手持ち無沙汰でしばらく待ったけれど、奈々子が出て来る気配はなかった。  もう一度建物を眺めてみる。壁は今塗り替えたというように白く、入口は重厚な鉄の扉だ。路に面した部屋の窓には薄いカーテンが掛かっており、窓に近づいて眼を凝らすと、応接セットのような家具を配置した薄暗い照明のロビーが見えた。  ロビーには螺旋階段があり、壁には大きな絵が掛かっている。人影はなかった。シティー・ホテルかとも考えたけれど、フロントがないのも奇妙だ。それに看板も出ていない。  窓を離れ再び奈々子に電話をしてみたが、返答はなかった。まったく人を真夜中に呼び出しておきながら、電話にぐらい出ろよ、と腹立たしくなる。空き缶でも転がっていたら蹴飛ばしたいところだ。  不意に扉が開く気配がしたので、慌ててビルの脇に身を潜めた。扉を開けたのは黒服の男で、奈々子がトレンチコートを羽織って滑り出て来た。  彼女は素早く左右を見渡して僕を見つけると、サングラスは? と尋ねたので、僕は急いで胸のポケットからサングラスを取り出して掛けた。何でまた夜中にサングラスなんて掛けなきゃいけないのか、といぶかりながら。  そして奈々子の後から出て来たのは、五十がらみの背の低い男だった。酔っていることが足取りからもわかる。 「おい、早くこっちへ来い」  男が呂律の廻らない声で奈々子に怒鳴り、彼女は僕の後ろに隠れた。 「お前! お前はいったいこいつの何なんだ」  男に凄まれて僕の眉間がぴんと緊張する。すると、そいつの後を追うようにして扉の影から着物を来た大変な美人が登場した。  彼女が男の耳に何か囁き、例の黒服と彼女が酔った男を両脇から支えた。男はなおも奈々子に向かって声を荒げていたが、運転手らしき男が小走りにやって来て黒服と一緒に男を車まで連れて行き、着物姿の美人が一緒に乗り込むと車が発進した。髪を綺麗にアップした彼女はホステス以外の何者にも見えなかった。  僕が唖然として突っ立っていると、奈々子にの腕を引っ張られ、帰ろう、とうながされた。
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