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私、お金をうなるほど持っている人としか寝ない。お金、貯めるんだもの。たくさん貯めたらこの商売から引退するわ」
僕は思わず彼女の頬を引っ叩いていた。彼女は叩かれた頬に手を当てると、眦を上げて逆毛を立てた野良猫みたいに唸った。
「どうしていけないのよ」
「眼、醒ませよ。どうしていけないかなんて、自分でよくわかってんだろ?」
彼女のうめきに煽られたみたいに、僕は心底怒っていた。彼女に怒っているのか、そんな話を聞かされている自分に怒っているのか、よくわからなかった。
「みんな同じようなことしているじゃない。どうして、・・どうして私だけが悪者になるのよ」
奈々子は涙声で吐き捨てるように言うと、運転手に車を止めさせてあっと言う間にドアの外に飛び出した。
僕はしばらく何も考えることができないで、ただ茫然と、彼女が消えたタクシーのシートを見つめていた。お客さん、降りるんですか? と運転手に急かされてあたりを見渡すと、どうやらもう駅前近くまで来ているようだった。僕は覚悟を決めた。
料金を支払ってから、奈々子がどこへ立ち去ったのか眼で姿を追ったが、彼女の姿はかき消えていた。マンションまでへの路を走りながら彼女を探した。
どうして彼女を追っているのか、自分でもよくわからない。あんなばかなヤツは放っておけ、とあいつが吐いた言葉にまだ怒っている。
いや怒ると言うより、無性にやり切れない。眼を醒ませ、ってあいつの両肩をつかんでがんがん揺さ振りあの性根を叩き直してやりたい。金を手っ取り早く稼ぐためだけに身体を売るような女は、ぶち殺してやりたいぐらいだ。
いや、他のやつはどうでもいい。奈々子にはそんな女でいて欲しくない。その時、自分でも気づいたのだった。彼女が、好きなんだ。好きな女がそんなやつだっていうことが、とても許せないんだ。
坂を駆け上ってマンションの玄関に辿り着いたが、奈々子の姿は見えなかった。
どこに行っちまったんだろう。彼女の方が僕より足が速いはずがない。走り続けた疲れで両膝を抑え肩で息をしていると、やっと少し冷静になれた。
理由はどうあれ、女の子を引っ叩いたりしたのは悪かったと後悔する。気丈なことを口にしたって奈々子は繊細な子だ。そう考えると、今度は彼女のことが心配になってきた。いったいどこに消えてしまったんだろう。
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