第1章 未知との遭遇

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「でも、宇宙人みたいな格好で、猫の首に紐をつけて連れていたんですよ。それに蚊取り線香を持ち歩いているなんて、変じゃないですか。なんかレトロで」 「どこかのキャンペンガールじゃないの? 飼い猫だってたまには散歩したいだろうし、蚊がいるから蚊取り線香を持って出かけようというのは、賢明な考え方じゃないのかい。猫が蚊に刺されると可哀想だろう?」  彼の言葉に僕は笑った。  岡本さんはいい人だな、と思う。彼にかかると、すべての人間の行動には真っ当な理由がある、ということを納得させられる。店長が時おり声を荒げたり客が文句をたれたり、僕には納得できないことをも、彼はうまく解説してくれる。  ミュージシャン志望だったと聞いたが、悪いが岡本さんが音楽に向いているとは思えない。感情をほとぼらせるより、緻密な観察を重ね物事を理路整然と的確に分析するタイプだ。  僕のように感じたままで動いてしまう単細胞人間には、岡本さんみたいな人が物すごく偉く見える。いつも冷静で、そして大人だ。  レンタル・ショップは朝の二時まで営業しているけれど、僕は夜の七時までの勤務だ。でも、週末の晩にパートをすることも多い。岡本さん達みたいな家庭持ちは嫌がる勤務時間だし、バイト学生も週末は手薄だったりして時給が高いからだ。  振り返ってみると、僕だって学生時代には、バイトで稼いだ金を週末に遊んで使い果たしたりした。しかし、これまでは小遣い稼ぎですんでいたものが、生活費を稼ぐとなると事情は違い、最近は真面目にパートに精を出している。  レンタル・ショップの仕事を生涯続けたいとは思えない。こういうビジネスが終焉を迎えるのは時間の問題だろうし、正社員になれと勧められても辞退している。  僕にはいつか作家になるという夢があり、少なくとも今のところは、暮らして行くのに必要な金を稼ぐためだけのパートのつもりだ。  いつまでこの、今のところは、という言い訳が自分に通用するのか、時おり不安にならないわけではない。しかし、そういう難しい問題はなるべく考えないようにしている。まだ自分に猶予期間を与えていられるはずだ、と開き直っているだけかもしれない。
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