第1章

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 頭の上で、だれかがだれかをなぐる固い音が何度もした。「ぐえっ」とか「おっぷ」とか、苦しそうな声もした。  でも、あたしははいはいをやめなかった。  とうとうのばした手が、ひんやりとびらにさわった。  おなかにぜんぶの力をこめて、息をとめてふんばって、あたしはとびらにくっついてよろよろ立ち上がった。  レバーに手がとどいた。そんなに力を入れないでもレバーはかたん、とまわって、とびらは動きかけた。そのとき、    どごん。    世界がばく発した、ってあたしは思った。  それぐらいの音とまっ白な光とするどい風だった。さっき鴎さんがさせたのとぜんぜんちがう。こんなのはじめてだ。  あたしは目をぎゅっとつぶって、とびらにしがみついて動けなかった。    目をあけたとき、あたりはまたまっ暗で、カレーのおなべをひどくこがしたみたいなにおいでいっぱいだった。さいしょは耳がつまってなにも聞こえなかったけど、だんだん、あたしの息の音から聞こえてきて、世界はばく発してないのがわかった。  少しずつ体が動かせそうだ。  あたしは手をのばして、もう一度とびらのレバーをまわそうとした。  そのとき、あつくて固いものがのどにささって、悲鳴を上げそうになった。けど声は出なかった。きっとのどに穴があいたって思った。  大きい手が、がっちりかたをつかんだ。はあはあする息が、耳にかかった。  「でも、俺は……」  声はふるえていた。  あたしは暗い中に目をこらした。  かすかに光ったのは、汗のせいかもしれない。かたをつかんだまま、丈一さんは鼻をすすった。まいごの小さい子どもみたいだった。  この人を泣かしたのはあたしだって思った。  あたしは手をのばして、丈一さんの顔をふき、かみの毛をくしゃくしゃくしゃってなでた。  「丈一さん、だいじょうぶ、こわがらないでだいじょうぶだよ」  それからあたしは目をとじて、体の力をぬいた。こわい気持ちはすっかり消えた。もうなにが来たって平気だ。  丈一さんはまた鼻をすすって、はあはあ口で息をした。  「俺は……好きだぜ」  ゆっくり白い光がはじけた。  どごん。
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