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嫌な予感はしたが、断ったら更に威圧的な態度をとられるのは想像できた。俺は仕方ないと、渋々右腕を差し出す。
芳野の白い手が俺に触れた。彼女は俺のワイシャツの袖口ボタンを外し、ブレザーごと袖をまくし上げてきた。何をするつもりなんだろう。俺はただじっと、その様子を見つめる。
「“夢”ならば、覚めたら消えているはず、よね」
ニコッと笑いかけてはくるが、決して微笑みではない。目を細め口角を上げているその仕草は、俺を凍りつかせるには十分だった。
芳野の口が、何かを呟いた。
はっきりとは聞こえなかったが、確かに何かを呟いた。
呪文……のようなものだったのかもしれない。耳障りの悪い、変な言葉にも思えた。
唇に当てた芳野の人差し指の先がぼんやりと光を帯びて、俺の視線を釘付けにした。光を帯びたまま、指がすうっと俺の腕まで伸びる。光は何かの文字を宙に描いたが、こっちの言語なのだろうか、読むことが出来ない。
光の文字は次第に輪郭線をはっきりとさせ、明るさを失い、黒くなる。
宙に浮いた文字の羅列。
「レグルの文字で、“我は干渉者なり”と書いたのよ」
芳野はそう言って、トンと、文字を軽く指で突いた。
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