第1章

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「もう別れてくれないか」 突然、スイッチを切り替えたかのように、トーンを落とした声が私の鼓膜を揺さぶる。 テーブルを挟み、向かい側に座る彼。とても小さなテーブルの為、ほとんどお互いの両膝がぶつかり合うのではと、毎日危惧していた。 彼は愛想笑いを浮かばせている。私に同意を求めるつぶらな瞳がそこにはあった。テーブルに片方の肘をつきながら、 「何で?」 当然の疑問を彼にぶつけた。彼はしきりに瞬きをしながら、頭を左右に振った。私には、別れる理由が皆目見当も付かない。 深呼吸をし、少しの間考え込む。もう付き合って約三年にもなるが、今まで別れをほのめかすような素振りは見られなかった。 私は彼に徹底的に尽くした。手料理や掃除、洗濯まで行ってきた。もう家事全般は任せられているとまで思い込んでいた程。 彼は恥ずかしがり屋な為、褒める事は無かったが、相思相愛の為、私に感謝しているだろうと思っていた。 数分間考え込んでいたが、何も理由が思い浮かばない。頭がぼんやりしているせいか、長時間の思考は不可能であった。 そんな私の考えを見抜いたのか、彼の愛想笑いが更に深みを増す。人間、向かって左側から笑みを作りやすいと聞いた事があるが、彼は本当に分かりやすい。私は趣味で写真もよく撮っていた為、本当に笑っている時の笑顔は欠かさず、ファインダーに収めていた。 愛想笑いを見続ける事に、多少の苛立ちを感じてしまった為、私は降参した。 「お願いだから、理由を教えて」 眼に涙を少し浮かべながら、彼に訴えかけた。彼は、反面私の発言を聞くと同時に、明らかに落胆の表情へと変化した。 「理由は分からない?」 何度目かも分からない質問を繰り返す。耳にタコが出来る程、同じような台詞を聞かされたせいで、私は眼を細め彼を睨み付けたい衝動に駆られた。 しかし、彼には良い女であり続けたい。衝動を抑え込み、自分の髪を片手でときながら、満面の笑みで問いかける。 「ごめんなさい。全く分からないの。理由は何?」 なるべく笑顔を取り繕い、彼に問いかけた。 緊張の為か、視界がぼやける。カメラのピントが合っていないような見え方に、吐き気まで込み上げてきた。  ダンッ! 目の前のテーブルを叩き付ける音が響く。
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