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暗い廊下を歩き通用口まで来た紀花は、外を見て茫然とした。先ほどより雨足がかなり強まっている。
バス停まではわずかだが、待ち時間を考えるとずぶ濡れになる。雨の湿気でゆるいウェーブができてきた長い髪を、紀花は手で束ねた。
――雨の日はうっとうしい……。
傘もなく、ただ外を眺めていた紀花の背中側から、突然声がした。
「紀花」
その声に暗闇で名前を呼ばれた紀花は、声も出せずに、ただ自分の心臓のドクっとした鼓動が全身を揺らした。紀花はゆっくりと振り向いた。
――立川先生……。
声の主は数学教師の立川史哉だった。
いつもの白シャツに黒いスキニーパンツ。片手をポケットに入れ、もう片方の手で長めの髪をかき上げる。無表情でめったに生徒に声をかけることのない寡黙な立川は、じっと紀花の目を見つめて立っていた。
「どうした? 傘、ないのか?」
珍しく声をかけてきた立川に、紀花はただ首を縦に振った。紅潮しているだろう耳たぶは、この長い髪の毛が隠しているはずだ。
「置き傘貸してやるからこいよ」
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