群青

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ポロリと涙が流れた。 仕事終わり。深夜2時。終電を逃した私は会社から2駅分をゆっくりと歩いていた。虫も草木も眠っているようで、鳴き声も、音もしない。 パタリ、パタリと。何かが道に落ちる音がする。月の光が淡く目の前の道を照らす。 生温い風に背中を押される。瞳から溢れる涙を拭うこともせずに歩き続けた。 ひたすらに歩き続けると、目の前に可愛らしい猫が現れた。私を見上げてミャアと鳴いた。猫はまるで私を先導するかのようにトコトコと歩きはじめた。 次第に周りの風景が見慣れないものになった。ふと、もう帰れないかもしれないな、と思った。まあどうでもいいか、と吐き捨てた。 「あら、こんばんは。いい夜ね。」 そう話しかけてきたのは1人の女性だった。夜に溶けてしまうような群青色の服を着ている。ふと、夜と彼女の境目がぼやけているように見えて思わず目をこする。 「あらあら、あなた。ふーん。なるほどね。ダメよ、こんな真夜中に自分を失ってしまったら。こちらの世界に溶かされてしまうわよ。」 溶かされてもいいもの。溶かされてしまいたいもの。 「…そうね。しばらく嫌なことが重なったようね。そう思いたくなる夜もあるわよね。少しだけ、助けてあげるわ。勘違いしちゃだめよ、これはただの気まぐれだから。」 ぽわっと暖かい光が頭の上に降り注ぐ。群青色の石みたいなものが宙に浮いている。その石は彗星のように私の周りを一周した後、私の中に溶けて消えた。 「それはラピスラズリ。幸運の守り石。私からのプレゼントよ。真夜中の迷子さん。」 ぐにゃりと視界が歪む。目の前に飛び込んできたのは見慣れた天井。不思議な夢を見たなぁと思いながら起き上がる。スマホを探そうと枕元に手を伸ばす。コロンと群青色の石が転がる。一瞬胸がときめく。昨日のアレは夢じゃなかったのか? 熱に浮かされたようにソレに触れようとしたとき、ソレは音もなく崩れ去った。 やっぱり夢?いや、ソレはいま確かにそこにあった。 まぎれもない「現実」だった。 外で猫が一匹ミャアと鳴いた。はっとしてカーテンを開ける。きつい日差しが降り注ぐ。そういえば、カーテンを開けたのなんていつぶりだろうか。なんだか気分がすっきりする。単純な自分に呆れるが、それでいいと思う。今の状況が劇的に変わったわけではない。それでもなんだか言わずにはいられなかった。 ありがとう、気まぐれな魔女さん。
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