前日譚

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【初交渉】 ある日の全体練習でのこと。里穂がこう切り出した。 里穂「ねえ瑠奈ちゃん、最近だんだんリズムが合ってきたと思わない?」 西川邸で週に1回行っている練習も今日で10回目となる。 初めこそ演奏と歌の釣り合いが取れておらずリズム感もなかったが、回を重ねるにつれ上達してきていた。 瑠奈「そうですね。だいぶ音程やテンポも合ってきたし、人前で披露してもいいレベルになってきたんじゃないかと思います」 理香「おおー!!」 それを聞いた理香のテンションが一気に上がった。 理香「じゃあじゃあ、本格的に会場探しとかやっちゃう!?」 里穂「いいわね!とりあえず、この近辺に手頃な会場があるかどうかよね」 瑠奈「この近所でかあ…。うーん、どこがあるんだろう?」 芽琉「あっ、それならいい場所知ってるよ!」 芽琉が得意げな表情で言った。 ー ーー ーーー 一行が向かった先は西唐津駅の隣にあるライブ喫茶“K-OTONOHA(言の葉)”だった。芽琉が『ライブをやっている店がある』というので交渉を兼ねて食べに来た次第である。 芽琉「こんにちはー!」 先陣を切って芽琉が店に入っていった。あとのメンバーもそれに続く。 店内にはカウンター席が10席と4人がけのテーブル席が3つ。テーブル席の奥には小規模なライブができそうなスペースがあり、シンセサイザーやドラムなどの楽器が置いてある。 ?「あら、いらっしゃい」 カウンター席に並んで座った5人を出迎えたのは、この店を一人で切り盛りしている初老の女性店主・神村(かみむら)優子(ゆうこ)である。 芽琉「店先の黒板にあった“日替わりランチ”を5人分お願いします!」 優子「はいはい。それにしても初めて見る顔だねえ」 里穂「ええ、まあ。実は私たち、バンドをやっていまして…といってもまだ始めたばかりですけど」 優子「へえ…?ちょっと待っててね、すぐ持ってくるから」 優子はそう言って奥の調理場に入っていった。 改めて店内を見渡す。 ライブステージには今月のライブ予定表が貼ってあり、それによるとさまざまなアマチュアバンドがバンドを行っているらしい。 そしてテレビが置いてある棚の一角には阪神タイガースのマスコット「トラッキー」のぬいぐるみをはじめ、メガホンやユニフォームなどのグッズが飾ってあり、食器棚には『阪神が勝った日はどれだけ呑んでもビール300円!』と書かれた張り紙がしてあった。 麻耶「へえ、なかなかいい店やん!」 芽琉「でしょでしょ!? いっぺん来てみたかったんだよねー!」 理香「ところで、どう話しを持っていくの?」 里穂「まず“バンドをやっています”ってことをアピールして、そこから“実はライブをやる場所を探しているんですが…”って感じに持っていけばいいと思うわ」 麻耶「うん、自然な流れやね」 瑠奈「それでいきましょう。交渉は私がしたほうがいいですよね?」 麻耶「そうやね。リーダーの瑠奈ちゃんが切り出したほうが話しもスムーズにまとまるやろうし、ここは瑠奈ちゃんに任せるよ」 瑠奈「分かりました」 しばらくして料理が運ばれてきた。 今日の日替わりランチはローストチキンだった。付け合わせのサラダの他に米飯と中華スープがついている。 「「「「「いただきます!」」」」」 5人はまず、洗練された料理の数々に舌鼓をうつのだった。 ー ーー ーーー 理香「ふう、おいしかったー!」 食後のコーヒーを飲みながら理香が満足そうに呟く。それを見て優子が笑った。 優子「お粗末さま。喜んでもらえてよかったわ」 里穂「コーヒーもついてこれで500円なんだから本当にお得ですよ」 優子「ありがとう。ところでさっきチラッと聞いたけどバンドをやってるんだって?」 瑠奈「はい、そうなんです」 待ってましたとばかりに瑠奈が口を開いた。 瑠奈「実は私たち、歌というか音楽全般が好きでして、この間“虹色ぱれっと”というバンドを結成したんです。それで今度どこかでライブをやりたいと思っているんですがーーー」 優子「いいわよ」 瑠奈「え?」 突然の『いいわよ』に状況が飲み込めない瑠奈。 優子「会場を探しているんでしょう?どうぞ使って下さい」 瑠奈「ほ、本当にいいんですか!?」 優子「もちろんよ。その代わり、最高のライブにしてちょうだいね?」 瑠奈「ありがとうございます!」 瑠奈は深々と頭を下げた。 「「「「ありがとうございます!」」」」 少し遅れて他の4人も頭を下げた。 理香「ルナ姉、よかったね!」 麻耶「うんうん、瑠奈ちゃんがリーダーでよかった!」 理香が瑠奈の肩を叩き、麻耶が瑠奈を小突く。 瑠奈は照れたように笑った。 優子「ルナ…。あなた、もしかして城西の西川瑠奈さん?」 瑠奈「はい、唐津城西高校2年の西川瑠奈です」 優子「そうでしょう、金髪だから『新聞に載ってたあの子かな…?』って思ってたのよ!」 瑠奈「あ、バレちゃいました?」 芽琉「有名人は辛いねー!」 瑠奈「だからそんなんじゃないってば」 芽琉が囃し立てると瑠奈の顔が赤くなった。 優子「ふふふ。あなたたちって面白いわね」 優子が笑い、それにつられて5人も笑う。 幸せな笑い声が店内に満ちた。
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