うちの猫は真夜中になると言葉をしゃべる

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 それから出かける前に金治の飲み水を取り替えて、餌を出しておく。そこに薬も振りかける。きっと私が言った後にのそのそと食べるのだろう。 「じゃぁ、行ってくるからね。金治」  出かける前のその言葉に顔を伏せて寝ていた金治はゆっくりと頭を上げる。 「なー」  なぜか金治はニャーとなかない。金治を飼って初めて、すべての猫がニャーとなくわけではないと初めて知った。 「……行ってきます」  私に向かって人の言葉をしゃべるわけではない。それでも私はこの真夜中だけしゃべる猫に言葉をかける。  おはよう、おやすみ、行ってきます、ただいま、いただきます、ごちそうさま。  思えば本当に一人だった時にはそんなことを口にすることはなかった。  金治が夜になると饒舌にお年寄りのように口うるさくなるから、なんとなくペットというより、同居人のような感じがして、つい言葉をかけてしまう。  その返事が言葉でなくても。 「今日も寒いから、きちんと暖かいところで過ごすんだよ」 「なー」  寝ぼけたような鳴き声を上げ、また、金治は手と手の間に自身の顔を突っ込んで寝てしまった。  しかたない。この子が私に向かって人の言葉を話すことはないのだろう。  それでもこの真夜中にしゃべる猫は私の中で大事な存在になっている。 「行ってきます、金治」  私は鞄を肩にかけ、玄関の扉を閉めた。
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