まろうどのいち

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 目の前にあるのは、テレビでしか見たことのない入り口だった。  上部は紙の張られた木枠、下は同じ色の木の板。軽くて、どんな防犯にもなりそうにない。時代劇なんかに出てきそうな、長屋の入り口そっくりだ。  ちょうど目の高さの辺りに釘が打たれて、スマホと同じサイズの板に、文字が掛かれている。よく見れば二つ、麻ひもでぶら下がっていた。  一つは、『春夏冬中』。その後ろに隠れるようにしてもう一つ。  『うせもの屋』  いきなり目の前に現れた。そうとしか思えないが、少し考えなおした。  なにしろ、今までずっと一つの事に集中していて、周りなんて全然見えていなかったから。  えっと、と戸惑いを隠せない。なんとなく、左手は右手の甲をさすっていた。  屋、と付くからには何かしらの店舗だろう、とは想像がつく。けれど、何を売っているのか、何の店なのかは全く分からない。 「おい、そこの」 「えっ」  声に、はっとして顔を上げる。一枚扉を通しているとは思えないほど、やけに通る低い声だ。思わず、一歩下がってしまうほど。 「入り口に立たれると、どうにもならん。入るなら、入ってこい」 「あ、はい」  促されるように、とっかかりに左手をかけた。軽く力を入れただけで開いて、不用心だな、と思わずにはいられない。  暖簾のような長い仕切りを、少し邪魔だと思いながら左腕で分けて中に入った、先は。  意外と、普通だった。  いや、入り口とは全く異なる雰囲気が広がっていた。  フローリングの床。真ん中には、不思議な木枠が立っていて、パッと目を引いた。壁際には書棚のついた机と、回転椅子――それから、そこに座る人影。背もたれを前にして後ろ姿を見せている。頭の向く方向には、壁掛けになったテレビがあった。  夕方のニュースが、一日の総まとめを報道している。四月に降った季節外れの雪、政治の動静、幹線道路の多重事故、地元の観光ニュースなど。同じように聞き入ってから、はっとする。  これでは、店というより、誰かの部屋のようだ。それにしては、少し広いし、あまりにも物が少ないけれど。  どうしようと迷ううちに、椅子から人が立ち上がって、また困惑する。  どう見ても、高校生くらいの少女だ。スカートは制服によくある白と黒のチェックで、プリーツスカートになっている。膝上なので、ミニというほどでもない。 「……お客さん、て人? 嘘でしょ」  が、向き合うなり顔をしかめた。バイトという雰囲気はないし、愛想はさらになかった。ついでとばかりに文句まで飛び出した。  尋ねられても、困ってしまう。あいまいにほほ笑めば、さらに表情は厳しくなった。 「コモリ、勝手に連れ込んだの?」 「いいや? そんなことはせんよ」  真後ろから急に声がして、肩が跳ねた。あの、入る前に聞いた声と同じだ。耳元かと間違うくらい、近くから聞こえて振り返る。  目の前に、和服の合わせがあった。反射で二歩下がり、視線を上に向ける。  背の高い、黒髪の男だ。白の着物に、紺の袴が見慣れない。切れ長の目が、すっと細くなって見下ろされる。 「入り口にずっと立ったまま、邪魔だったからな」 「で?」 「入るなら入ってこい、と言った」 「呼んだのと変わらないじゃない。コモリの声には逆らえないでしょ」 「入れ、ではないぞ。入るなら、だ」 「……お兄さん、別に今から出てってもいいんだけど?」  まるで出て行けと言わんばかりの口調だった。えと、と迷っていると、後ろからは留めるためか、肩の上に手が乗った。 「だが、探しているのだろう?」 「あのでも……」 「探している。だから辿り着いた」  確信をもって繰り返される。確かに、当たっている。
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