第1章

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 っていった。  あたしは歯をがちがち鳴らしながらうなずいた。それはすごくいい考えだって思ったけど、ふるえすぎで声が出なかった。  星野さんは、あたしをたてものまで連れてってくれた。手をひっぱって丘を下りるときも、ガラスのドアをあけるときも、お城のえらいけらいみたいにきちんとしていた。まるであたしが女王さまだっていうふうだ。  たてものの中に入っても、あたしのぶるぶるはとまらない。星野さんは、  「奥様、このまま大浴場に行かれたらいかがでしょう」  っていった。  それもすごくいい考えだとあたしは思ったけど、やっぱり声が出なかった。  星野さんはちっともかまわないってふうに、  「では私今から、ご主人様にご伝言申し上げに参ります。そのベンチコートはご逗留中、お好きにお使いくださいませ」  っていった。  「ありがとう」っていおうとして、あたしは池のこいみたいに口をぱくぱくさせた。  星野さんはにっこりうなずいたけれど、あたりのようすをちょっと気にして、半分ひとりごとみたいに、  「なんだか館内が騒がしゅうございますね。この雪のせいでしょうか」  っていった。でも、もとのはっきりしたいい方にもどって、  「奥様、大変申し上げにくいことでございますが、これからはローブのままお部屋からお出になりませんよう、伏してお願い申し上げます。では」  っていった。それからおじぎをして、すいーっと歩いていってしまった。  さむいのに、あたしの耳と顔だけあつくなった。  そうだった、こういうホテルでは、ゆかたやバスローブでドアの外に出たらはずかしいんだった。譲次さんがさいしょに教えてくれたのをすっかりわすれていた。  くしゃみひとつして、歯をがたがた鳴らしながら、あたしは急いでおふろ場へ行った。  おふろ場の前で、おかあさんと女の子とすれちがった。  「さっきの音、なんだったのかな」  って、女の子がおかあさんに聞いた。  「さあねえ、雪の重みで木の枝が折れたとか……」  っておかあさんはほっぺに手をやったけど、思いついたらしく、  「あ、きっとマタギだ。熊をつかまえたんだよ、きっと」  っていったら、女の子ははあ、とあきれたふうにため息をついた。  「おかあさん、くまは冬眠してるよ、もう」  「あ、そうか……だったら、うさぎかも。うちのぷーちゃんみたいなでぶうさぎ」  「いやああ」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加