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でも風は目に見えない。さっきよりもずっと多い雪のつぶが、めちゃくちゃな方角にちらばっていくだけだ。
にくたらしい風をおいかけて、あたしは雪をこいで丘を上った。もう少しでてっぺんというところで、向こうに黒っぽいものが見えた。あたしは目をこすって、海ぞくの見はり番みたいにおでこに手をやった。
黒っぽいものはぼんやり人の形になった。丘のてっぺんに立っている。数えきれない雪のつぶの向こうで、じっと空を見上げていた。
あたしはゆっくり手を下ろした。
雪と風がめちゃくちゃに吹いて、青い上着と白いかみが、ばさばさゆれた。横を向いて空を見上げているけど、あたしが来たのをちゃんと知っていた。
「よお」
って、空を見上げたままいった。
「また会ったな、えりす」
「また会った、じゃないよ」
って、あたしはいった。
「なんでついてくるの」
上を向いた鼻で笑った。
「おまえ、ずいぶん意地悪じゃないか」
「もうほっといて」
かんかんにおこって、あたしはさけんだ。
「なんで、ここがわかったの」
「なんでって」
あたしを見ないまま、ちょっとうつむいた。
「そりゃ、あれだ……愛の力だ」
自分でいったくせに、はずかしそうに鼻をこすった。
「ふざけないで」
あたしは歯を食いしばって、雪の中で足をふんばった。
「どうして、ここがわかったのって聞いてるの」
かすかにかたをすくめた。
「だから、おまえが、俺を呼んだんだ」
あたしの息はつまった。
この人はぜんぶわかってるってわかったからだ。
譲次さんの病気や、おとといの電話や、あたしがおふろ場でしたこと、さっきのケンカ……。
体にくっつく雪をふりはらって、あたしは大声でさけんだ。
「よばないよ、あたし、丈一さんなんて、よばない、ぜったいよばない!」
そのとき、まっ白だった目の前に、ぱっ、とあざやかな赤がとびちった。
あたしは目を大きくひらいて、何度かまばたきをした。
「本……あたしの本?……」
口のはしがつり上がった。
「ご名答」
「機械かなんかしかけたの?」
こっくりうなずいて、さむそうな早口でいった。
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