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あたしはまたぴくぴくする顔を指でおさえる。おとぎ話だとしたって、鴎さんの話はちょっとひどいって思う。
でも、あたしには考える力があるんだ。あたしはあたしのほんとをちゃんと考えていればいいって思うことにする。そうしたら、体からよけいな力がぬける。
「絹裂くような悲鳴を聞いて、すぐにかけこんだのが、僕らのひぐっちゃんだ。樋口はずいぶん前からホテルの中をうろうろしてて、もちろん君らの部屋の様子をずっと聴きながらね……ともかく、刑事特有の物腰とでかい声で、外へ知らせるように言って、おねえちゃんを部屋から追い出した。そのとき、君はどこにいたの」
もう一度、ちらっとあたしを見下ろす。
「僕の想像じゃ、ベッド横の壁のあたり、つまりおねえちゃんからは死角の位置だ」
あたしはすっかり落ちついて、鴎さんのお話を聞いている。
「樋口は銃をもぎとり、君を抱きかかえて窓から放り出す。君はそのまま、ふらふら裏の丘へ進んだ。雪はだいぶ強かったから、足跡はすぐに消える」
聞く人のことなんてどうでもいいみたいに、鴎さんは早口で話しつづける。
「内側から窓に鍵とカーテンをかけて、さて次に樋口は何をしたか……譲次さんと自分の上着をとっかえたんだ。やつはファッショナブルな男じゃない。僕らにぶっ放したときからの着たきり雀だったから、硝煙はたっぷりやつの上着にくっついてる。ルームサービス嬢は一瞬見ただけだし、いくら勇敢だって堅気の女の子なんだから、動揺はハンパなかったろう、上着が青から灰色へ変わってるなんて夢にも気付かない。
袖や胸から反応が出て、かつ拳銃の出どころも本人らしいときたら、警察は渡りに船とばかりに自傷って決める。そじゃないと、すっごくめんどくさいんだもん、犯人を捕まえなくちゃいけなくなるからね」
なにか思い出したみたいに、口のおくのほうで笑う。
「樋口はドアから飛び出し……あ、もちろん拳銃と青い上着をかかえてね。君を追って雪の丘へ向かった。やつの一番の目的は君へのおねだりだ。譲次みたいにボクも撃ってほしいようって。でも、君はやつの願いを叶えてやらなかった。どれだけ長い時間いっしょにいようとも、どれだけ体を交えようとも、とうとう弟に追いつけなかった。樋口の絶望がいかばかりか、他人は想像するしかない」
ことばを切って、しばらくあたしの目をのぞくけど、あたしはちょっと笑うだけだ。
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