落語家の煙

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「あはは。僕は幽霊だから、人を驚かすことだってあるさ。琉太のために特別な煙を連れてきたよ」 「特別?」 「ああ」 大地が、窓へと手を伸ばすと窓から煙らしきものが大地へとまとわりついてきた。 その煙は大地の手から床へと伸びて、人の形へと変わっていく。 「あ!」 琉太は、つい声をあげた。 その姿はテレビで見知った人。家族のみんなが好きである亡くなった落語家。 「琉太のために連れてきたよ。煙は言葉を発することは出来ないけど、彼のあの世に行く前の芸を見てくれ」 落語家は、座布団に座っており、琉太に向けて頭を下げた。 琉太もつい正座をして、頭を下げる。 その横に大地も座る。 落語家は頭をあげると、まず右手をあげて誰かを呼ぶ仕草をした。 手に持った扇子を広げて、何かを選んでいる。 横を向いて、何事かを告げたようで、しばらく扇子で自らを扇いでいた。 しばらくして、笑みを見せる。 両手を手前に出して、何かを引き寄せる。 両手を合わせて口を開く。 そのはっきりとした口の動きは「いただきます」と言っているのだと琉太は気付いた。 左手を手前に出して、それを持ち上げ、右手では扇子を箸のように動かした。 器から箸で何かを持ち上げる動き。 まるで蕎麦かうどんを食べる仕草のようだ。 箸の先を口元まで持ってきて、苦い顔をする。 その箸の先に思いっきり息を吹き掛ける。 「ふぅぅ!」と音が漏れてきそうなほどの動きだった。
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