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「いやぁ、龍五郎はん、毎度おおきに」
おおきに、は本来布地を納めて代金をもらう龍五郎の台詞であるが、大松屋の主人・真右衛門は人のいい笑顔で龍五郎を出迎えた。
「すんまへん、今日は父が家空けられんようになりまして、わてだけ来させてもらいましてん」龍五郎は太兵衛の不在を謝罪すると、矢立てと手帖を取り出した。
「構へん構へん、それよりな龍五郎はん、今日は大口の話なんや。奥に上がりや」
それまでは玄関先で用件だけ聞いて帰るのが常であったから、龍五郎は初めて大松屋の奥の部屋に足を踏み入れた。さすがは大店、と舌を巻くほどには高そうな調度品が置かれ、床の間には仰々しい掛け軸も飾ってある。
「それで、大口の話いうんは…?」
龍五郎は向かいに座る真右衛門を訝しげに見た。大口の話という割には、景気の悪そうな顔をしている。
「龍五郎はん、壬生浪士組って知ってはりますか」
真右衛門の口から出たのは、意外かつ、聞いたこともないような言葉であった。
「みぶ…ろうしぐみ…どすか…?さあ、わてはそないなものはとんと聞きまへんなぁ」
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