プロローグ 発症

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「娘さんは…無痛症です」 「無痛症…?」  とある病院の一室で、一人の医者と二人の夫婦が向かい合って座っていた。  夫の方は整った顔をしているが、疲れからなのかやつれていた。 妻の方は普通であれば美人なのだろうが、こちらもあまり眠れていないのであろう、沈んだ面持ちであった。  医師の机にある一枚のカルテには、ある少女の名前や検査の結果について書いてあった。歳は14歳であった。  この少女が病院に搬送されたのは交通事故によるものだった。 少女が自転車に乗っているとき、一時停止を無視した車が飛び出しての接触事故だった。  一通り治療や検査が終わり、その後の経過を少女に訪ねているときだった。 「今、どこかひどく痛む所はあるかな?」 「いえ、特には…」 医者の問いに少女は答えた。 医者はその都度カルテになにかを書き込んでいる。 「他になにか気になるところはある?」 「あの…」 少女がなにか言いたげだったので、医者はカルテに書き込む手を止める。 「何かあるの?」 医者は少女の方を向いた。少女はなにやら口ごもるような仕草を見せていた。 「どんなことでもいいよ、遠慮せず言って」医者がそう言うと、少女は口を開いた。 「痛くないんです…」 「え?」 「事故にあってから今の今まで、全然痛くないんです。」 「痛く…ない?」 医者は少女の言葉を反復した。聞こえなかった訳ではない。 (そんなはずはない…さほどスピードは出てなかったらしいとは言え、車との事故だ…) しかも少女の方は自転車なのだ、どちらのダメージが多いかなどは考えるまでもなかった。  強がっている?とも思ったが、すぐに頭の外へ追いやった。小学生の男の子ならまだしも、14歳の女の子なのだ、そんな意地を張る理由もないだろう。  少女を一度待合室で待たせ、医者は神経外科の先生を訪ねた。 そこで改めて検査を行い、診断された結果が無痛症だった。
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