Polaris

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いい匂いに、思わず口許を綻ばせながら、また夜道を歩く。 ラクダの滑り台の付近で、携帯のバイブに気付きその名前に慌てる。 「もしもしっ!今どこ!ちゃんと話──」 「わるい。鍵、さっきポストに入れといたから」 躊躇いなく切られる通話。訪れる静寂。 しばらく聞いていなかった低めの声に、思わず怯んでいた。 まだ近くにいるかもしれない。 まだ間に合うかもしれない。 だってそれなりに、ほどほどに、私は傷ついているのだから。面と向かって、ちゃんとお別れくらいさせて欲しい。 走り出して、足の痛みに思わず転びかける。 そうだった。 この頃の私はついてなかったんだと、思い知る。 靴は脱げ、地面に手を突き、アスファルトの冷たさが足を伝って心の熱を奪う。 頭上の月が昨日と同じくらい綺麗な顔して、私を見下ろしていた。 「さよなら……」 ぼんやりと光る液晶に表示された、見慣れた名前を消去しようと指を動かす。 けれど、覚悟のない私の指は小刻みに震え、ポロポロと涙だけが淡く光る画面に零れ落ちた。 だって、予想よりも、なかなかに、息ができない程に、胸が苦しくて動けないほどに─── 私は傷ついていた。
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