20人が本棚に入れています
本棚に追加
いい匂いに、思わず口許を綻ばせながら、また夜道を歩く。
ラクダの滑り台の付近で、携帯のバイブに気付きその名前に慌てる。
「もしもしっ!今どこ!ちゃんと話──」
「わるい。鍵、さっきポストに入れといたから」
躊躇いなく切られる通話。訪れる静寂。
しばらく聞いていなかった低めの声に、思わず怯んでいた。
まだ近くにいるかもしれない。
まだ間に合うかもしれない。
だってそれなりに、ほどほどに、私は傷ついているのだから。面と向かって、ちゃんとお別れくらいさせて欲しい。
走り出して、足の痛みに思わず転びかける。
そうだった。
この頃の私はついてなかったんだと、思い知る。
靴は脱げ、地面に手を突き、アスファルトの冷たさが足を伝って心の熱を奪う。
頭上の月が昨日と同じくらい綺麗な顔して、私を見下ろしていた。
「さよなら……」
ぼんやりと光る液晶に表示された、見慣れた名前を消去しようと指を動かす。
けれど、覚悟のない私の指は小刻みに震え、ポロポロと涙だけが淡く光る画面に零れ落ちた。
だって、予想よりも、なかなかに、息ができない程に、胸が苦しくて動けないほどに───
私は傷ついていた。
最初のコメントを投稿しよう!